bookmark_border[10] トランクリッドアンテナ

学生時代は親のクルマを乗り回していましたが、社会人になってローンを組んで自分でクルマを持つことができ、モービルハムを始めてみたいと思うようになりました。

リグは手持ちの福山 Multi 700S、アンテナが無かったので調達することに。当時は自動車電話の需要が伸びている時期で、根元にスプリングがついた黒いトランクリッドタイプのアンテナがステータスでした。中には自動車電話サービスを受けず、ダミーアンテナだけ付けたクルマも多かったようです。

2mバンド用アンテナとして同じような形のアンテナが販売されていましたので、半分見栄も手伝ってそれを取り付けることにしました。クルマはマニュアル車のため、アドニスのマイクを付けてハンズフリーで運用できるようにしました。

初めはワッチに徹しその後QSOを試みたものの、運転しながら相手のコールサインを聞いて覚えるというのが想像以上に大変なことであることを実感することとなり、ほぼワッチ状態となってしまいました。

 

bookmark_border[8] 福山電機のリグとシンセサイザ

再び開局当時70年代前半~半ば頃の話になって恐縮ですが、2mではモービル・固定問わず「福山のマルチ8」を使っている局が多かったと記憶しています。

2mでも初めてのQSOでは、互いにQRA、QTH(番地まで言っていたような)、リグ、アンテナなどを紹介していました。ちなみにRSレポートは「メリット5」とか「メリット1」とか「フルスケール」とか結構アバウトでした。モービル局ではSメーターを注視できないので、自然とそうなるのでしょうね。

この様に初QSOでリグの紹介をしますので、相手局が何を使っているかがわかります。トリオTR-7200やスタンダードSRC140なども多く使われていたと思いますが、なぜか「福山のマルチ8」が耳に残っています。そのせいかどうかはわかりませんが、数年後、私も福山電機のリグを買ってしまいました。「Multi 700S」という夢のシンセサイザ機です。それから「Palm II」+「Palmsizer II」と立て続けに入手しました。Palm IIはクリスタル機で、Palm IIをPalmsizer IIに取り付けるとシンセサイザ機に変身します。

元々CH数が少ないTR-2200で運用しておりシンセサイザ機には憧れがありましたので、ようやく願いが叶いました。

 

bookmark_border[4] トリオと八重洲

全くの個人的な印象ですが、私の世代のトリオと八重洲のリグは、クルマの世界でいうとトヨタと日産の関係に近いものを感じます。大衆受けするデザインのトリオに対して、玄人受けする質実剛健な八重洲・・・。トリオが終段にS2001を使うのに対して八重洲は6JS6を使う様な・・・(あまり関係ありません。)

自分がTR-2200を使っていたためか当時はトリオに特別な思い入れがあり、TR-7200の実機を見たときはCH表示を初めとするデザインの美しさが印象的でした。その後TR-7300を見たときはそのデザインに驚きましたがCHの多さにもびっくりです。電卓(というか初期の卓上式電子計算機)のような筐体に40CH分のボタンがついていました。さすがにクリスタルではなくシンセですよね。

一方で、八重洲はVHF/UHF分野ではあまり印象がありません。モービルという視点ではHFモービル機があったように思います。八重洲のリグは、FL-50B / FR-50B以外は感電してしまいそうで少し近寄りがたいものがありました。実際、八重洲HFトランシーバーのケースを開けた状態を見たことがありますが、シールドケースには「DANGER」と書かれていました。トリオも同じかも知れませんが幸い中は見ていません。

 

bookmark_border[3] 八重洲 FL-50B / FR-50B

中学校のハムクラブでは、八重洲のHF SSB 10W機 FL-50B / FR-50Bを使っていました。

送受信セパレートタイプで、一緒に使うとトランシーバとして使える初心者向けのリグでした。

八重洲のリグというとFTDX400などの四角くてごつい通信機のイメージがありますが、これはそれとは一線を画した、少し面取りされたような優しさを感じる通信機です。

アンテナは校舎の屋上に設置されたダイポールですが、面倒だからかあまりアンテナに興味が無かったのか、結局実物を見ずに卒業してしまいました。

マイクはなぜかトリオのスタンドマイク(MC-50)でした。

バンドは40mだったと思いますが記憶が薄れています。学校ではHF、家ではVHF(2m)と、中学校時代はアマチュア無線に明け暮れていました。

FL-50B/FR-50B
(八重洲カタログ写真より)

 

bookmark_border[1] 開局当時のリグ トリオ TR-2200

私がアマチュア無線技士の免許を取ったのは昭和47年(1972年)中学校時代。電話級という資格でした。

すぐに開局し、当時は7エリアに住みJA7の最終に近いコールサインを取得したのですが、その後1エリアに移ったため残念ながらJA7コールは手放すことになりました。

開局はトリオのTR-2200という144MHz帯1Wのハンディ機でのハムデビューでした。チャンネル数はわずか6CHで、コールチャンネルの144.48MHzとその他144.72、あと145.32(だったか記憶が曖昧)くらいしか標準実装されていなかったため、残りは各CH毎にクリスタル(水晶振動子)を買い足してソケットに差した記憶があります。クリスタルソケットの横にはCH毎にトリマコンデンサが並んでいて、これは絶対に触れてはいけないと言われていたためそっとしておきました。

その後、友人がTR-2200Gという12CH機を購入して開局、少し悔しくて私もTR-2200用の6CH増設キットを購入し12CH化を図りました。

ただ「G」との違いはCH数だけでなく、チャンネルツマミの形状やチャンネル表示、マイク形状(筒形タイプか近未来タイプか)、マイク端子が3ピンか4ピンか(さらには本体側コネクタがメスかオスか)という、当時の少年にとってはとても大きな違いに見えました。

これらの違いを自分で解消することはできませんが、唯一、3ピンのマイクで筒形でない四角型のタイプ(おそらくTR-5100とか7100用のマイクだと思います)が入手できましたので、家でQSOするときはそれを使っていました。

外ではリグを自転車のかごに載せ近所を走り回って友人とモービルQSOを楽しみました。おもちゃのトランシーバごっこの延長だったですね。小学生のころは学研のラジホーンで遊んだ世代です。(脱線しますが昔の学研のロゴは流線形でした。)

自宅のアンテナはカマボコ板にロッドアンテナを付け、針金製のラジアルを何本か付けたいわゆる「なんちゃってλ/4 GP」を、玄関のひさしの上に取り付けて電波を出していました。

この時はSWRは気にしていなかったので、リグには負担をかけていたかも知れません。ケーブルも75Ωの3C-2Vを使ったりしてインピーダンスマッチングなどの知識は無かったですね。しばらくして10Wブースターを入手し、OMさんからもSWRメータをいただいたのでSWRに気を遣うようになりました。

TR-2200
(画像はトリオカタログより引用)