bookmark_border[11] トリオ TS-120V

社会人になってしばらくモービルQSO(のワッチ)を楽しんだ後、固定HFに出てみたいとの衝動に駆られトリオのTS-120Vを買いました。これはHF入門機ではありますがツマミやボタンがたくさん付いていて「通信機」っぽく、本体側のマイクコネクタがオス4ピンであることも購入の決め手になりました。人それぞれこだわりのツボは違うと思いますが、トリオの商品戦略が上手かったのでしょう。

リグ購入後、アンテナをどうするかで行き詰ってしまいました。集合住宅のため外にアンテナが付けられないのです。またケーブルの引き込みもできません。結局、このリグでは一度もCQを出さず、簡単な線をつないだだけのSWL/BCL機に徹してしまいました。

アマチュア無線はアンテナが一番大事という基本的なことが、その時は頭からすっかり抜け落ちていました。モービルにせよ固定にせよQSOを楽しむことができなくなり、それを以ってアマチュア無線からは完全に遠ざかってしまいました。

bookmark_border[10] トランクリッドアンテナ

学生時代は親のクルマを乗り回していましたが、社会人になってローンを組んで自分でクルマを持つことができ、モービルハムを始めてみたいと思うようになりました。

リグは手持ちの福山 Multi 700S、アンテナが無かったので調達することに。当時は自動車電話の需要が伸びている時期で、根元にスプリングがついた黒いトランクリッドタイプのアンテナがステータスでした。中には自動車電話サービスを受けず、ダミーアンテナだけ付けたクルマも多かったようです。

2mバンド用アンテナとして同じような形のアンテナが販売されていましたので、半分見栄も手伝ってそれを取り付けることにしました。クルマはマニュアル車のため、アドニスのマイクを付けてハンズフリーで運用できるようにしました。

初めはワッチに徹しその後QSOを試みたものの、運転しながら相手のコールサインを聞いて覚えるというのが想像以上に大変なことであることを実感することとなり、ほぼワッチ状態となってしまいました。

 

bookmark_border[9] 趣味の広がり

せっかく購入したシンセサイザ機ですが、Multi 700SやPalmsizerIIでまともにQSOした記憶がありません。ようやく夢のシンセサイザ機を手に入れることができたとたんハム生活から離れてしまいました。その理由は次の3点にあると思っています。

1.夢のシンセサイザ機獲得により達成感が得られた
2.TVゲーム機(テニスゲームなどの簡単なもの)やマイコンに興味が移った
3.自動車免許が取得できる年齢になりクルマ関係にも時間を使うようになった

時はすでに70年代後半。それからというもの長きに渡り雑誌「I/O」に触発され、TVゲーム機のキットを組み立てRFモジュレータを介してTV(2CH)でゲームにいそしんだり、雑誌に掲載されていたBASICプログラムを一所懸命に手でパソコンに打ち込んでカセットテープにセーブしたりしてパソコン生活に浸ることとなり、その他の時間はドライブに・・・というように、未知の分野への活動が広がることで、自然とアマチュア無線への興味が薄れていったのでしょう。

 

bookmark_border[8] 福山電機のリグとシンセサイザ

再び開局当時70年代前半~半ば頃の話になって恐縮ですが、2mではモービル・固定問わず「福山のマルチ8」を使っている局が多かったと記憶しています。

2mでも初めてのQSOでは、互いにQRA、QTH(番地まで言っていたような)、リグ、アンテナなどを紹介していました。ちなみにRSレポートは「メリット5」とか「メリット1」とか「フルスケール」とか結構アバウトでした。モービル局ではSメーターを注視できないので、自然とそうなるのでしょうね。

この様に初QSOでリグの紹介をしますので、相手局が何を使っているかがわかります。トリオTR-7200やスタンダードSRC140なども多く使われていたと思いますが、なぜか「福山のマルチ8」が耳に残っています。そのせいかどうかはわかりませんが、数年後、私も福山電機のリグを買ってしまいました。「Multi 700S」という夢のシンセサイザ機です。それから「Palm II」+「Palmsizer II」と立て続けに入手しました。Palm IIはクリスタル機で、Palm IIをPalmsizer IIに取り付けるとシンセサイザ機に変身します。

元々CH数が少ないTR-2200で運用しておりシンセサイザ機には憧れがありましたので、ようやく願いが叶いました。

 

bookmark_border[7] CWとの関わり

高校の無線部で先輩方がやっているCW QSOを横で見ていて、CWの面白さに目覚めました。私もCWの練習を始めましたが耳がついていけず、結局高校時代は電信級免許は取らずじまいでした。

その後、大学に入り再度挑戦しようと1979年に2アマ免許を取得しました。なぜ1アマでなかったかというと、当時の1アマは英文と共に和文モールスの実技試験があり、和文は全く覚えていなかったからです。2アマの実技は英文のみでしかも速度が1アマよりも遅かったため大丈夫という変な自信がありました。

ちなみに一念発起し2016年に1アマを取りましたが、和文モールスは既に試験科目から無くなっていて少し寂しい気持ちになりました。